血液検査データの考え方

人間ドックや健康診断ではほとんどの場合血液検査をおこないます。そしてその結果が「正常値」より高かったり低かったりすると「異常」とか「問題あり」とか判定されます。本当にそうなのでしょうか?

 そもそも「正常値」とはどうやって決められるのでしょう?

それを解説するまえにすこし統計学の勉強です。数学が苦手な方はこの段落は読み飛ばしても結構です。ある集団の個体の計測値をある程度の数以上集めると正規分布という分布になることが知られています。正規分布では平均値のところの数が最も多く平均値からの「ずれ」が大きい程数が少なくなります。おなじ正規分布でもばらつきの大きいものと小さいものがあり、そのばらつき具合の指標として標準偏差=SD(Standard Deviation)という値が用いられます。ある計測値が平均値+標準偏差の2倍(平均値+2SD)以上の人はまれで2.5%しかいません。低い場合も同様で平均値-標準偏差の2倍(平均値-2SD)以下の人も2.5%です。別のいいかたをすれば平均値±2SDの範囲に95%の人がはいるということになります。(たとえば平均身長ガ170cmで標準偏差が10cmとすれば、2SDは20cmになりますから、150cmから190cmまでの身長の範囲に95%の人がはいります。)

臨床医学において、経験的に、正常とおもわれる人たちの中にも5%程度は異常な人がいるんじゃないかと、はっきりした根拠なしに漠然と考えられています。

そこで「正常値」の決め方です。健康とおもわれる(あくまでおもわれるであって健康かどうかはわかりません)集団の採血をおこないその統計処理をして平均値±2SDの範囲を「正常値」としているのです。そこで選ぶ集団によって「正常値」は違うのです。その結果「正常値」は病院ごと、検査会社ごとに違う値なのです。「正常値」とはこんなふうにいいかげんといえばいいかげんな値なのです。そこで最近は「正常値」という言葉に替えて「基準範囲」という言葉を使うことになっています。

もうひとつつけくわえると、全体の平均値が人体にとって、健康にとって理想的な値とはかぎらないのです。「基準範囲」外のほうが有利な場合だってありうるのです。

血液検査データは病気の診断や治療方針の決定になくてはならない貴重な情報です。医師はそのデータをみる時、「基準範囲」を参考にしつつ(絶対視はぜず)、その患者さんの背景因子すなわち年齢、性別、体型、既往歴、現在の病態を考慮し、病気の診断や、治療方針に役立てているわけです。

採血データが「基準範囲」外であっても必ずしも「異常」とか「問題あり」とかいえない場合もあるし、逆に「基準範囲」内であっても背景因子によっては治療が必要な場合もあるのです。

「正常値」とはこのように決められ、絶対的なものではありません。ご自身の採血データが「基準範囲」外のときもすぐに心配しないで、そのもつ意味を医師に確認してください。また採血データが「基準範囲」内であっても、治療が必要となる場合もあることを覚えておくと良いでしょう。