まずは狭心症について解説します。狭心症とは心臓を栄養する血管(冠動脈といいます)が動脈硬化を起こし狭くなることによって起こります。安静にしているとき心臓の筋肉はあまり酸素を必要としないので、冠動脈に狭いところがあってもなんとか心臓の筋肉が必要とする血液を送ることができ、胸の痛みはおこりません。

しかし階段を昇ったり、重い荷物をもって歩いたり、ふだんよりも心臓に負担がかかることをすると、心臓の筋肉はいっぱい酸素が必要となり血液もいっぱい必要となります。そこで冠動脈に狭いところがあって心臓の筋肉が必要とするだけの血液を送れない状態になると、心臓の筋肉が酸素不足となり胸の痛みが起こります。これが狭心症の発作です。

今、胸の痛みと書きましたが狭心症の痛みは胸とはかぎりません。確かに胸痛を訴える場合がいちばん多いのですが、おへそより上、下顎より下、どこでも起こりえます。胃が痛いという方もいれば歯が痛いと訴える方もいれば背中が痛いという方もいます。体の中心部付近を痛がる場合が多く、極端に左や右に痛みが偏っているとき狭心症は否定的です。痛みの性状としては、抑えつけられる、締め付けられる、つまるかんじ、むねやけなどの表現で訴える場合が多く、ちくちく痛いとか針で刺されるような痛みの場合狭心症の可能性は低くなります。痛む時間は2~3分から20分程度までで、20分以上痛みが続く場合は心筋梗塞を考えるべきといわれています。逆に数秒の痛みの場合も狭心症ではないと考えられます。

この狭心症の治療法として冠動脈の狭い部分を風船で拡げる方法が行われるようになったのが約30年前です。しかし風船で狭いところをむりやり拡げると裂け目ができ、きれいに拡がらない場合がしばしばありました。そこで金属の「ささえ」のステントというものを血管の中に入れ血管を拡げる治療法が、約10年前から普及してきました。しかし従来のステントは血管の壁に刺激をあたえることで細胞増殖を引き起こし、半年後には約20%が再び狭くなってしまう現象(再狭窄といいます)が避けられませんでした。

そこでステントの表面に細胞増殖を抑える薬を塗って再狭窄を抑えるステントが考案されました。これが薬剤溶出性ステント(Drug Eluting Stent=DES)です。海外では5年以上前から使用され有効性が証明されていましたが、日本でもやっと2004年8月から使用が認められるようになりました。ステントの名はサイファーといい、シロリムス(別名ラパマイシン)という免疫抑制剤が塗ってあります。余談になりますが、シロリムスはイースター島で発見された抗菌薬で強い免疫抑制作用を持ち、海外では腎臓移植後の拒絶反応抑制剤として使用されています。このサイファーは画期的で、再狭窄率をいままでのステントのおよそ1/10まで減らすことができます。唯一欠点はパナルジンという血を固まりづらくする薬を普通のステントなら1ヶ月でよいところ、最低3ヶ月服用しなければならない点です。

これはステント表面をおおう細胞の増殖スピードの差によります。ステントは人体にとっては異物でむきだしになっていると血が固まりやすいのでパナルジンが必要となるのですが、自分の細胞でおおわれればもう血は固まらなくなるのでパナルジンは中止できます。サイファーではステントをおおう細胞の増殖も抑制してしまうため、ステントがおおわれるまで長い時間がかかるので、パナルジンも長めに服用しなければならないというわけです。

実は、勤務医時代の私のおもな仕事はこの風船治療でした。風船治療の進歩は著しいものがあり、感慨ひとしおです。これからステント治療をうける患者さんは再狭窄の心配がほとんどなく、昔に比べるとラッキイと思ったほうがいいかもしれませんね。